カーボベルデの歴史概説

カーボベルデは、アフリカ大陸の西約570kmの大西洋上に位置する群島で、15世紀にポルトガルによって発見されました。ポルトガル人はここを新大陸への中継点や奴隷貿易の中心地として利用しました。これにより、アフリカとヨーロッパの文化が混ざり合う独特の文化が形成され、これは現在のカーボベルデのアイデンティティの一部となっています。

 

独立運動が活発化した20世紀には、カーボベルデとギニアビサウの解放戦線PAIGCが結成され、共に独立を目指しました。1975年にカーボベルデはポルトガルから独立を達成しました。

 

独立後は一党制が続きましたが、1991年に複数政党制に移行し、民主化が進みました。経済的には観光業が重要で、政治的に安定しているため、アフリカ諸国の中では比較的平穏な国とされています。

カーボベルデの歴史年表

時期 出来事
15世紀 ポルトガル人が未開のカーボベルデ諸島を発見。
1462年 リベラル市(現在のカーボベルデの首都プライア)が建設される。
16世紀 - 19世紀 カーボベルデは奴隷貿易の中心地となる。
1876年 ポルトガルが奴隷貿易を禁止。
1951年 ポルトガルがカーボベルデを海外領土と定義し、公式に植民地の地位を終わらせる。
1956年 アミルカル・カブラルがアフリカ党を創設し、カーボベルデとギニアビサウの独立を目指す。
1975年 カーボベルデがポルトガルから独立。
1981年 カーボベルデ人民党が全国的な一党制を宣言。
1991年 初の自由選挙が実施され、カーボベルデ人民党が敗北。
1992年 新憲法が承認され、複数政党制が導入される。