アフリカの旧宗主国と今なお残る影響とは?

アフリカの旧宗主国は?

ヨーロッパ諸国は19世紀になりこぞってアフリカへ進出。1912年エチオピアとリベリア以外のアフリカ全土はヨーロッパ諸国の支配下にな置かれました。

 

つまりアフリカ諸国はヨーロッパ諸国の従属国となったわけですね。従属国に対して統治権をもっている国家のことを宗主国といいます。現在アフリカは植民地から解放され独立しているので、かつてアフリカ諸国の宗主国であった国は旧宗主国と呼びますね。

 

 

アフリカの旧宗主国一覧

アフリカの旧宗主国は、スペイン、イタリア、フランス、イギリス、ドイツ、ポルトガル、ベルギーで、それぞれが支配していた国・地域は以下の通りです。

 

アフリカ諸国の旧宗主国一覧

◆イギリス…エジプト、スーダン、ボツワナ、南アフリカ共和国、ガンビア、シエラレオネ、ガーナ、ケニア、ナイジェリア、ザンビア、マワウイ
◆フランス…アルジェリア、チュニジア、ジブチ、マダガスカル、セネガル、マリ、ギニア、ニジェール、ブルキナファソ、ベナン、カボン、カメルーン、コートジボワール、モロッコ
◆スペイン…西サハラ、ビオコ島
◆イタリア…ソマリア、リビア
◆ドイツ…ナミビア
◆ポルトガル…アンゴラ、モザンビーク、ギニアビサウ、カーボベルデ共和国、サントメ・プリンシペ
◆ベルギー…コンゴ民主共和国

 

各国の植民地政策について概説

イギリス

イギリスはアフリカに進出する上で「アフリカ縦断政策」を行いました。

 

まずは東北に位置するカイロ(エジプト)、南に位置するケープタウン(南アフリカ)を、アジア進出の要衝として重要視し、抑えたのです。

 

そして南と北の2地点から挟み撃ちするように領土を拡大していきました。その結果東アフリカ地域はイギリスの支配下に置かれたのです。

 

さらに西アフリカギニア湾岸のナイジェリア、ガーナ、シエラレオネを植民地にしています。ここは北アメリカ大陸・南アメリカ大陸などの開発を行う為に必要とされた黒人奴隷労働力の獲得拠点としていました。

 

フランス

フランスはイギリスと異なりアフリカ横断政策を行いました。

 

まずはアフリカ大陸最西端ベール岬をアフリカ進出の拠点とし、そこから大陸を横断する形でアフリカの支配域を拡大していったのです。

 

その結果西側諸国の大部分はフランスの植民地支配下に置かれました。

 

さらにインド洋に浮かぶマダガスカルも抑えています。

 

ポルトガル

ポルトガルは元々一番最初にアフリカに進出し、大西洋の海沿いの地域を支配していました。

 

しかし後から進出してきたイギリスやフランスにそれらを奪われた為、南西部のアンゴラと南東部のモザンビークのみの支配にとどまっています。

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